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2019年09月12日

第10回せんがわ劇場演劇コンクール講評 ~キュイ『蹂躙を蹂躙』~

※掲載の文章は、第10回せんがわ劇場演劇コンクール表彰式の際の講評を採録・再構成したものです。

乗越:
非常に言葉に力があり、脚本全体に「グサッ」とくるようなセリフが多くあったのが印象的でした。僕は先に台本を読んでいたので、冒頭から、ひとりのキャラクターが3つの人格でしゃべっていることをわかった上で見ていたわけですが、観客の中には「ひとりの医者に何かをされた3人の子供の話」だと受け取ってしまう人もいるんじゃないでしょうか。もしそこをつかみ損ねると、この作品全体の(自分の頭の中と外界、森の外と内)という二重の構造の上に成り立つ部分が伝わりきらない恐れがありますね。
内容は、個人と世界(社会)がどう関係を紡いでいくか、構築していくのか、いけるのかということ。学ぼうとしたり、馴染もうとしたり、殴りたくても「殺してはいけない」と言われたり、馴染もうとするが合わせすぎてはいけないなど、様々な要素が入ってきます。しかし最終的には「世界を殺すか」「世界に殺されるか」という非常に強い、極端と思える言葉で締めくくられる。
最初は、そこで終わっていいのか?と思いました。しかしその切実なリアリティが、今の社会と切り結ぶ断末魔の叫びのようにも聞こえて、非常に良かったと思います。
演出も、舞台中央に吊るされた帯状のライトが光ることで空間が区切られ、3人が一体になったり、2対1になったり、そこから抜け出て行く蜘蛛の糸のようにも見えたりする。相対的に色々な趣向が張り巡らされた作品だったと思います。

杉山:
すごく難解な世界だなと思いました。それと同時に、1日2日経っても、綾門くんが書いた言葉が心に残るんですよね。「人を殺してはいけない、でも世界に殺される」とか、「ここから立ち去らねばならない」「ここにいなければならない」とか、否定形で語られる言葉がまるで宗教のようでした。例えばキリスト教は「隣人を愛せよ」とか、命令形・否定形を使って言葉の強さをすごく意識していると思うんです。
で、現代宗教なき現代に、誰にすがるのかというと、医者なんですね。医者が私に「なぜ生きているのか」「どうすべきなのか」を示す。でも、その医者でさえも殺すんだ、と。
さらに、心理学的な感じですが「森に入って行く」という感覚も面白くて、村上春樹の「井戸の中に降りていく」に近い感覚を持っている気もしました。
戯曲は非常に面白くて、見ながら勝手に「間接演劇」という名前をつけました。目の前で起こっている事象は、あんまり意味がない。それよりも、言葉と、起こっている「事」から、勝手に昨日、自分に起こった「事」であるとか、今社会で起こっている「事」を妄想してしまう。見ていて僕が勝手に思ったのはやっぱり登戸の事件(※)とか、8050問題(※)。他者って何者なのかとかですね・・・。
箱庭演劇祭という、大学生がやっている演劇祭の審査員もやらせて頂いているんですけど、演劇の世界が非常に狭くて、私小説的で、閉じている。日本がものすごく閉塞していると最近感じています。この作品は、すごくその世界を上手く捉えているともいえます。
例えば、チェーホフが描く「私」には、自己のアイデンティティの中に「私は父であると同時に親であり酒飲みである」という風に、グラデーションがあります。でも、現代の「私」というのは、8050問題・7040問題(※)と言われているように、親と子が、成長しない関係でしかない。それが日本をものすごく閉塞的にしていて、キュイさんが作った世界はまさにそれだな、と思ったんです。
殺すか殺されるか、 0か100しかない。 0 と 1で構成されるコンピューターの中の世界が、人間の生命のグラデーションを塗りつぶしているけど、本来はそこに豊かな関係があって、チェーホフが「三人姉妹」「桜の園」で描こうとしていた人間の心の揺れみたいなものは、そこに魅力があったんだなと、逆説的にですけど、考えさせられました。
あと、照明も面白いなと思いました。吊られているLEDが光った時に、人間の生理現象に違和感を起こさせる効果があった。照明効果というのは、夕方だから赤い光、寒そうだからブルーとか、そういうことではないんです。人間の目は、15分たたないと暗闇の中で物を見る事はできない。それと同じで、LEDが変化した時、人間は生理現象としてすぐについていけないんです。そういう生理を照明効果として入れるアイデアを僕は素晴らしいなと思いました。
あと、この劇場はめちゃくちゃ個性豊かで、難攻不落なんですね、安藤忠雄。僕もここでやらせてもらう時には、まずこの壁を隠したいとか、バックを隠したいとか、大変な思いをします。それを、超モアレ現象を起こすバックの壁を露出させて、横に出るラインをわざと照らしたのもすごくいい。その意識がまさに「間接演劇」なんです。別の言い方をすると「脳内世界演劇」。身体が排除されて、意識の中に入り込んでくるという感覚がありました。
逆にちょっと損だったのが、演出意図がよくわからないこと。綾門くんが作っている“場なき場の戯曲”で、どうしてこの椅子なのか、アヒルの人形をこの空間で出したのか。もっと脳内のイメージを演出できたのかなという感覚はちょっとありました。

※登戸の事件:2019年5月28日に川崎市多摩区登戸で発生した通り魔殺傷事件。
※8050問題・7040問題:2010年以降の日本に発生している長期化した引きこもりに関する社会問題。
(上記、Wikipediaより)

加藤:
私が作品を見る基準として「わかる」か「わからない」かを基準にすることは、ナンセンスだと思ってます。明確なストーリーがあって、はじまりがあって終わりがあってすべてのお客様が「あ、これはこういう話だったのね」って納得して帰る作品が、いい作品だとは思ってません。むしろ私たちの人生と同じように、なんだかよくわからないし、明確なストーリーもないし、でもなんかすごくモヤモヤするし、イライラもする。時たますごい気持ちよくもなるけれども、なんだか答えがわからない(ということでいい)。で、それをものすごく突き詰めて追求していった作品が、今回のキュイさんの作品なんじゃないかな、と思っています。
そうした作品を作るときにすごく難しいのは、「あれ今私たち置いてけぼりになってしまっているかも」という、なんとなくお客さんを置いてけぼりにしてしまう時間が、出がちなことです。この作品では他者(=世界)と個人が断絶された二項対立が描かれているので、客席と舞台が演出の意図的に断絶されるんだったらいいんですけど、その辺の機微が本当に難しい作品なんだなという風に思いました。あと、すごく照明が綺麗でした。

市原:
私も演劇を作っているので、自分が言ったこと全部自分に返ってくるような感じで怖いんですけど。まず台本を読ませてもらって、すごく面白いと思いました。心に残りましたし、どうしてこういうことを書いたのかということを考えるのも面白かったです。日々生きていることの空気が投影されていて、自分の思っていることと結びつけて読むことができました。
戯曲の言葉が強いので、演出に強い何かがあっても、それに耐えうる言葉だと思うし、俳優さんも魅力的なので、演出によってもっと相乗効果があって面白くなるんじゃないかなという予感を感じました。

我妻:
普段は舞踏という踊りをやっていて、セリフを使わずに舞台に立つ仕事なので、皆さんがおっしゃっているようなことは言えないですが、今回、私は台本を読まずに拝見しました。その時、何か全然わかんないことが起きてるという、ちょっと自分が取り残された感がありました。しかし、要所要所に印象に残る言葉があったり、家に帰ってから「こういうことを言っていたのかな」と思って台本を読んだら、全然違う話だったので、ちょっとびっくりもしました。
結局、純粋に思ったのが、お客様は台本を読まない状態で見せられるという条件であるから、言葉の強さや、人の体の動きというのは、本当に繊細に選ばなければいけないんだなということです。なぜなら、お客様は、見たものを使って自分で組み立て直してしまうからで、そういうところを感じた作品でした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
徳永:
戯曲を前もって読んだ時に、主人公の抱える苛立ちとか怒りというのが非常に切実に感じられました。ですが、実際の舞台を拝見したら、ひとりの人物から分裂した3人の登場人物だと思うんですが、話のトーンがほとんど同じで、3人に分けたメリットが感じられず、切実さを相殺しあってしまったような気がしました。
台詞の中で読んだ時も、舞台上で聞いた時も、一番印象に残ったのは「世界は親切じゃないからこうやって話をしなければならないのに、話したいこと全部話すとみんなが怒るので、僕も怒らざるを得なくて困るとずっと言っているのに、聞いてよ」という台詞でした。それは、自意識に閉じているようで、実は「外に出たい。外と繋がりたい。外とぶつかりあいたい」という気持ちを表したものだと私は理解していて、この作品の最も大事な部分ではないかと思ったんですが、上演ではそれが苛立ちとしてしか感じられず、3人の人物は苛立ちの結果の分裂にしか見えなかったところが、閉じたまま終わってしまったと感じました。

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