たまりば

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2018年12月01日

受賞者インタビュー(4)  パンチェッタ 一宮周平さん(グランプリ賞・オーディエンス賞・俳優賞)


左が一宮周平さん


トリプル受賞、演劇コンクールを終えていかがですか?
一宮 どうって言われても何も変わらないです(笑)全団体の演技を観た上であれば納得し、考えることもできますが、今回はコトリ会議さんとすこやかクラブさんの演技を観る事が出来ず、果たして受賞の可能性があるのかわからない状況での受賞だったので、びっくりしました。
もちろん受賞を狙っていましたが、作品作りに関しては何を意識したわけでもなく、単純に面白いものを作りたいという気持ちでした。専門家や評論家受けの良いものなどもわかりませんし、深くハマる人にはハマるけど万人に受け入れられる作品のつもりではありませんでした。僕は大衆が喜ぶキャッチーやポップなものが個人的にあまり好きではないので、今ここでしか観られないものを作ろうという思いで作っていました。会場が笑ってくれていたのは、舞台上からすごく感じていましたね。

パンチェッタさんは普段ミュージカルをやっていなかったと聞いたのですが今回はどうして取り入れようと・・・?
一宮 『Parsley』は以前、30分公演でやった作品で、その時はミュージカルの部分はありませんでした。一昨年の秋に10分間で4曲の生演奏ミュージカルをやったのですが、その時にミュージカルの面白みを感じました。それからかもしれないです。
 でも、もともとミュージカルは好きではなかったです。わからないんです。劇団四季とかミュージカルを好きな人はすごく好きじゃないですか。すごくキラキラして目を輝かせて観ている人がいますけど、僕は「どうした?」って思ってしまうんです。その反応が正常だと思っていましたが、大勢の中で観た時に、そこにはキラキラした目で観ている人達がいて、ちょっと引いてしまいましたね。
 僕は突然歌い出すシーンを見ると笑っちゃうんですけど、それを笑うと世間は「え?バカにしているの?」みたいな感じになるのがわからなくて。でも突然歌いだすっておもしろいと思うんです。なので、あえて「笑っちゃうよね?」というミュージカルを提示してみたんです。「笑っていいですよ」っていうミュージカルです。

ミュージカルを作るにあたって参考にしたものってありましたか?
一宮 全部オリジナルですね。作曲を以前もお願いしたことのある加藤亜祐美さんにお願いをしました。この方は歌詞から曲を作ってくれる方なので、先に話を完成させます。曲にしたい部分は言葉の数があうように意識して書いています。彼女はそこからインスピレーションで作曲してくれています。彼女の中にも参考にしているものがあると思うので、曲にもやはりその色がついています。
 もともと、パセリの恩返しという作品は、ナレーションに合わせて演者が動くという形の作品だったのですが、ナレーションの言葉で説明的に提示していた部分を歌にして、説明をなくしていく作業をしました。特に何かが好きで参考にした、というのはないですね。話の中のどの部分を歌にするかという点は悩みました。

そこを決めるときはなにを基準に決めていましたか?
一宮 想いが溢れる所は曲になるほうがいいなあとは思いました。Parsleyの2曲目はただ、「お嫁さんにしてください」「誰」、というやり取りしかしていませんが、あえてそこは無駄に使うのもありかなとも思いました。僕は昔話がすごく好きで、今回はツルの恩返しをベースにしてみたんです。子供の頃なんとなく聞いて、なんとなく記憶して、なんの違和感もなく受け入れるという行為への風刺のようなものもありますね。冒頭の歌で、昔話は何故お爺さんから始まるのだろう、というのもある意味そうかもしれません。
ツルの恩返しだと突然娘さんが来て、お嫁さんにして下さいという意味のわからないやりとりが当たり前に行われているんです。何故そうなったのか説明して欲しい部分をあっさり飛ばしているんです。それがもし、ちゃんと対人間のやりとりがなされていたのならどうだったのだろうかと。今あることに難癖をつけたい訳ではありませんが、見る角度を変えるだけで、面白みは何からでも感じ取れると思うんです。視点を変えた方が絶対良いよという事ではなく、変えたら変えたでこういうものの見え方もあるんじゃないですか、というとこですね。
作品を通して伝えたい事はあまりないです。今回もパセリを食べようね、ということを伝えたいのではなく、もしパセリに寄り添ってみたらパセリはこういう事を思っているのかもしれないよという。この劇を観た人が次にパセリを食べるとき「あ、パセリか~」って頭に何かよぎったらいいなぁと思います。なので大衆に受け入れられやすい作品という意識はないですね。まぁ今回の作品は、今までの中ではわかりやすい作品ではあったと思います。

いつもはわかりにくい作品なんですか?
一宮 わかりづらい部分もあります。でも今回は会場のみなさんが感情を開放していてくれたように感じます。初演でParsleyをやった時は、作品として話がループし続けるので、「結局最後どうなったの?」と結構聞かれました。今回は、よく観て感じ取ってくれるお客様がすごく多かったと思いました。

パセリにした理由は?
一宮 作品をつくるときは必ずテーマとタイトルから入ります。
Parsleyの初演は、持ち時間が30分で、複数の団体が呼ばれて一緒に公演をするという企画に参加しました。そこの団体の名前が「パセリス」という団体で、じゃあそこをいじってやるかという思いから、タイトルを「Parsley」にしました。でも何か思う所はあったんだと思います。僕はもともとパセリを食べる人間なので、食べるために出されているのに食べない人いるよな、かわいそうだなぁと思っていて。それが僕の中で就職活動につながりました。50社受けましたとか、就職活動って数がステータスみたいにしている人もいるじゃないですか。選んでもらえるように表面を繕って、一生懸命やって、次へ、みたいな姿に見えたんです。

そもそもなんですけど、なぜ演劇を続けるんでしょうか?
一宮 演劇は好きではないんですよ。だからぜんぜん観に行かないです。インタビューの時にアウトリーチ活動が楽しみだ、という話をしたんですが、僕先生になりたかったんです。小・中・高等学校の体育の免許を持っているんですよ。でも、先生になりたかった理由も漠然としていました。小さい頃、友達に勉強を教えてその子が出来るようになると嬉しくて。親に対してもいい顔して、ある程度選択の余地もあってレールに乗っていました。それでいざ就職活動になった時に、これから40年か、人生一回だけなんだよな、これで終わるな、と考え始めてしまって。子供が主役もいいけど、もう少し自分を輝かせないと駄目だなと。目立つのも好きだったので、周りに勢いで「おれちょっと俳優なるわ」と言って、養成所を受けたら合格して。きっかけはそこですね。

そこからここの演劇につながるんですね
一宮 挫折や妥協、リタイアするのが嫌で、やると決めたからには食えるまでやろう、という目標がありました。納得してそれ以上にやりたい事が出来た時はやめようと思います。
役者に関して言えば、養成所の後に小劇場で役をもらい出演させていただきましたが、そこでお客さんを呼ばないといけないのがなんとなく受け入れづらくて。自分は面白いと感じない作品に出ることもやっぱりあって、そんな時に自分を観て欲しいとか、作品が面白いよ、とも言えなくて。それなら自分が納得できるものを書こうと思って、それがパンチェッタの始まりです。とりあえず自分が書けば、最低でも自分は納得して人は呼べる。その後作り手の喜びは生まれましたね。演出の時だと上演中は客席に座ってそこからお客さんの反応を観られるんです。笑って良いのか駄目なのかを悩んでいる人達の反応を見るのが特に好きです。
昔から演劇をやっていたわけではありませんが、原点は子供の頃からあったのかもしれないです。鬼ごっこの最中とか、その遊びに飽きてきたらジャングルジムの上だけはセーフとか条件をつけていくんです。条件が増える度にまたみんなが盛り上がっていく。それを提案した自分に喜びがあって、「俺、俺、考えたの俺」みたいな気持ちがすごくて。そう考えると新たな案を提示するという部分が、演出とか脚本につながっているような気がするので、こういうのが昔から好きだったのかなとは思いますね。

既存の脚本で演出したりはしないんですか?
一宮 外部から頼まれてそこの団体が書いた脚本を演出したりする事はあります。いつかは古典をやってみたいです。例えば、利賀村のコンクールの課題で読んだ三好十郎の「胎内」。昨年の課題作品にあがっていたのですが、結局「胎内」をやる団体が選ばれていなくて。脳内ですでに面白い形が見えていただけに、とても悔しかったです。
作品は本当に面白くて震えましたね。古い作品で敬遠される場合もあるけど、面白さは絶対あると思うので、それがわかるように提示できたらと思います。あとは別役実さんの作品もやりたいです。一度、外部の団体で、別役さんの作風を意識して60分くらいの長編を書いた事もありました。

喜劇をしていて、喜劇だから、と特別な事はないと思います。コメディの俳優さんは、コミカルな演技をして、笑わせようとしますが、一切その必要はないと思います。ただただそこで生きてくれていれば、自然と観ている人が笑いたくなる、という事だと思います。だから自分の作品では、おかしな人が出てきておかしな振る舞いをして笑われるというよりは、常識が一歩、何かがズレていて、そこを普通に生きているから観ている人達が面白いと感じる。やっぱりそういうのが好きです。

  


  • 2018年11月10日

    受賞者インタビュー(3)  コトリ会議 山本正典さん(劇作家賞)

    山本正典


    あらためましてこのたびは劇作家賞の受賞、おめでとうございます。二週間ほどたちましたが実感のほどはいかがでしょうか。

    山本 あまり実感はないですね。初めてこういった賞をもらったので。

    今回ご自分の作品が劇作家賞を取った要素って、何だったと思いますか。

    山本 今回自分たちの作品がほかの作品よりも、ドラマ的な要素が多かったからではないかなと思います。

    脚本のメインになるかと思うんですが、稽古場インタビューの際に地球が滅ぶくらいでないと大切な人のありがたみがわからない。とおっしゃっていたんですが・・・

    山本 未来的な話だったり、人類、地球が滅ぶ手前、例えば宇宙人に支配されるとかそういうスケールが大きなことが好きなんです。そういったところから結構影響を受けている部分はあるかもしれないです。今回の「チラ美のスカート」は地球が滅ぶというのがテーマでしたが、これからはもう少し小さなテーマを扱っていきたいと思っています。
    もともと大きいことを書こうとは思っていないんですが、ここ2~3年続いていていますね。今は六畳ほどの会話劇をしようかと思っています。

    旗揚げ公演は既成台本で行い、2回目以降からは山本さんが作・演出を担当しているとお聞きしましたが、コトリ会議としての活動をはじめる前は執筆活動をされていましたか?
    山本 ずっと役者として活動していましたが、一度だけ、別のユニット名で脚本、演出をしました。自身の役者修行の為と思ってやった事だったのですが、その座組みが面白くて、もう一度やろう、というのが、コトリ会議でした。

    講評会や感想で、台詞がいいという意見が多かったのですが、こういった台詞はどこから生まれているのでしょうか?
    山本 歩いている時、電車に乗っている時、景色の流れている時、ポッと生まれます。
    頭の中のような、白目の中のような、舌の付け根のような、どこからと言われたら、それが近いと思います。

    テーマなどを決められた状態で、頼まれて台本をかくようなことはありますか?ある場合、どんなところに注意して書かれていますか?ない場合、今後こういった機会があった際、挑戦してみたいと思いますか?
    山本 依頼されて書くこと、あります。
    注意することは、余計な、思考の殴り書きのようなト書きは控えて、伝わりやすいト書きを書く、です。そして、一つくらい、どうやってこんな表現をすればいいんだ、と悩ませるような台詞、ト書きを書く、です。

    表彰式前インタビューで、仙川のコーヒーとラーメンを堪能したということでしたが、今回初めていらっしゃった仙川のイメージはどうでしたか?
    山本 脚本家のために作られた街だ、と思いました。
    台本を書こうと決めて、1日に4件喫茶店をハシゴする僕にとって、なんだか、馴染む街でした。
    どう言ったらいいのか、なんというか、カフェが堂々としていて、良かったです。

    ■今後の活動予定
    ・11月には兵庫県で「現代演劇レトロスペクティヴ」に参加。
    1960年代以降に発表された、時代を画した現代演劇作品を、関西を中心に活躍する演劇人によって上演し、再検証する企画。『ともだちが来た』『髪をかきあげる』の2本。

    ・来年2月には福岡で行われる『キビるフェス2019』に参加。
      


  • 2018年11月05日

    受賞者インタビュー(2)  ゆうめい 池田亮さん(特別賞)





    周りの方の反応はどうでしたか?

    池田 みんなおめでとうございますと言ってくれて、すごくうれしかったです。コンクールでは最初、自己紹介をやろうかなと考えていたんです。せんがわ劇場で「ゆうめい」を初めて観る人もいるから、自分たちが今までどういうものをやってきたのかを自己紹介という感じでやろうと思っていたので、そういう意味でも賞をいただけたのはうれしかったです。

    出場が決まったときから、自己紹介をテーマにされていたんですね。

    池田 最初は、コンクールという、言わばグランプリがあって上下がはっきりするものを経験しとかなきゃいけないっていう気持ちがありました。でも同時にコンクールは、別の団体を好きな人達も観に来てもらえるから、自分たちはこういうのをやっている団体ですって紹介したかった。そういう思いはありました。

    今回特別賞でしたけど、それについてはどう思われました?

    池田 まず特別賞ってなんだろうと疑問に思いましたけど、賞がもらえたのはうれしかったです。ただ、僕は他の作品もみて各々が特別だったと思っていましたから、その中で自分たちだけが特別賞っていうのがうれしくもあり、同時に僕たちがとってしまっていいのか、でも賞レースだから仕方ないと思ったり。
     最近いろんな仕事、それこそバーチャルユーチューバーの仕事や、テレビアニメをやったりすると、演劇でできることなにかなと思っちゃったりすることが、けっこうあるんです。というのも本当にクオリティが高いと思ってて、ユーチューブだったりアニメだったり海外のドラマだったり。自宅にいて生の感覚を目の前で味わわなくてもいいかなと思うくらい、想像力を広げるコンテンツを作ってる人達が沢山いて、そこに自分が負けちゃいそうな危惧がある。だから「演劇ってこういうこともできるし、楽しんでもらえるかもしれません」というのを作って、他のジャンルにめっちゃはまっている人達にも、新しいものを観にきてほしい、楽しんでもらいたいという思いがありました。

    もともとは彫刻をされていた、現在もアニメやバーチャルユーチューバーなど多岐にわたって活動を続けていらっしゃる。表現できる部分はそれぞれ違いますか?

    池田 そうですね、違いますね。それがおもしろいんですけど、その違い以上に、演劇とユーチューブ、どっちを見るかというと、ユーチューブに傾いちゃう人が多いことを感じます。別に競う必要はないですが。でも演劇を観る人も作る側の想像以上にいろいろなものと既に触れている気がするので、そういうことも考えて作りたいです。
     審査員の方々の「公共性」という話を聞くと、いろいろな世代の方々のことをもっと踏まえて、今流行っているものや新しく市民の方々に根付いているコンテンツにも、隅々までアプローチする必要があるんじゃないかと思うんです。だから演劇以外のジャンルを好きな方々にもすごく楽しんでいただける場にしたいです。

    池田さんの中ではジャンルに優劣はなく、作品にあうものをその時々で選んでいるんですか?

    池田 僕はけっこう雑食系というか、いろいろ楽しめちゃう方だと思うし、いろいろやりたいと思っています。広く深くみたいな。多分いろいろ欲張ってもいます。でもいろいろ楽しめない人もいるので、そういう面へのアプローチをゆうめいではしたいです。

    それは観る側の人たちですか?

    池田 第一に、観てくれた人達が、観劇後も社会とのつながりとか、いろんなことを想像できる範囲を広げられたりするものを作りたいです。

    作品をつくる際、自分の主義主張からスタートするのではなくて、受け手である観客を重点にしているんですね。

    池田 何をやるにしろ、そもそも自分が好きでやっていることだし、それに対して、観ている側が、同調や共感をしてくれたら。または、共感はしなくても、日常にいいアプローチができればなという意識で作っています。

    稽古場インタビューで池田家以外の人達の在り方にも注目してくださいっておっしゃってましたが、作中でどういった面で意識されていたんでしょうか?

    池田 親だから、血がつながっているからといって、お互い分かり合っているわけではないですし、親だけど他人だったりもすると思うんです。親子で出演はしていますけど、実は親子にそこまで重点は置いていなくて、それより、親子でやっているところに他人が入ってくることで、家族の在り方や、他人同士の在り方が変わるっていうのがいいんじゃないかなと思いました。

    他人が入ってくることによって中が変わる。作品でははじめから全員が自己紹介でスタートしていたかと思うんですが、その変わるタイミングっていうのはどこらへんだったんでしょうか?

    池田 最初、父親と僕だけの親子のやりとりが始まって、ただ他人の生活の話を聞いてるみたいな感じだけど、田中くんと小松くんが入ってくると「これ演劇なの?演劇じゃないの?」みたいな風になる。
    田中くんと小松くんは、お客さんが感情移入する役割じゃないにしても、ガイドとなるというか…たとえば、ホラー映画って怖がる役の人がいるからより怖く感じるところがあるように、二人にいてもらうことでそういう見方もできるんじゃないかと。

    前回の公演のときはspace not blankの中澤さんが今回の池田さんの役だったと伺いました。そのときと今回って何か違いがありましたか?

    池田 作品自体がぜんぜん違いました。今まで自分がやってきたものはどれも違う意識があります。
    前回、中澤くんが僕の役をやってくれた時は完全に演出だったから結構構成やストーリーを調整できました。
    今回自分でやったのは、もちろん観る人にいろいろ想像してもらうためもありますけど、自分自身も祖父の絵についてすごい考えました。
    今回のモチーフは絵です。絵をテーマにした時って、こっちが「この絵はこういうものです」と決めることが中々難しいと思ってて。だからヒントというか想像力が広げられるようなことをやるほうがいいなと。

    それは絵に限った事ですか?

    池田 絵プラス演劇だったり。むしろ視野を広げるために、今回の絵をモチーフにしたのはあるかもしれないです。

    あの絵は特に思い入れがあったんですか?

    池田 特にではないです。ほんとに100点くらいあって選べ切れないので。タイトルと年代がかいてあったので、その時何があったのか父に聞きながら、引っ張り出してきた2つです。

    ストーリーの基盤はお父さんの体験談なんですね。

    池田 あと祖父の体験もです。まず実話で全部ガーっと作って、その見せ方として、ちょっと身体を使ったり、ぐるぐる動かしたりしました。

    ・体験の当事者がいて、その方と作品を池田さんが介在して作っているんですね。自分の軸と体験者の実話のすりあわせはどのようにされているんでしょうか?

    池田 すりあわせのためには、たくさん話して、たくさん取材します。でも一番大事にしてるのは取材によって出来た公演が終わった後の、体験者との関わり合いです。今回は父という本人がでてくれたけど、おじいちゃんという死んじゃった人が出ていないから、それを想像して伝える役割みたいなことをしたかった。演出上としては、死んじゃった人がいて、生きている人がいて、観客に伝える役割として自分たちが存在しているみたいな。演出面というか構成ではそこです。公演後はすぐ墓参りに行きつつ、ずっと公演の反省をしてました。あと絵についても稽古の時よりもっと考えてました。

    (演出という俯瞰的にみることのできる立場ではなく役者というポジションになった)今回、自分がでることで苦しさみたいなのはありましたか?

    池田 作品が、僕の日常の延長線上で出て来たものなので、あまり自分が役者だという心情になっちゃいけないと思っていました。ちゃんと考えて来たことを伝える姿勢でいるべきだって。

    池田さんの話を見聞きしたことを作品に転じるという作り方は、周りの人達の話題が扱いたくなるようなものが多いからなんですか?

    池田 創作を始めたきっかけが、インターネットに自分の辛い体験やそれを変換した小説を投稿しまくったことでした。それで酷評でも好評でもレスポンスが返ってくることがとにかく嬉しかった。自分が体験談を話すと、誰かも自分の体験を書いてくれたり。
    正直、実名つかって演劇をやるのは、匿名から入った身だと怖くもあります。匿名のほうがたくさん想像できるし、見栄をはらないで出来る点はすごい好きです。毒されてもいるかもしれませんけど。

    けっこう意識されます?

    池田 観ている人がもし2ちゃんねらーだったら(今は5ちゃんねるですが)、っていうのはすごい意識して作っているかもしれないです。彼らに散々ダメ出しされてきましたから。うん、けっこうありますね、自分の中では。

    どのジャンルでやるときもそうなんですか?

    池田 どのジャンルでやるときもですが、アニメやユーチューブは顕著に出ます。匿名だからとんでもない悪口と思うようなのもくるけど、けっこう純だなと思うこともある。相手も自分も実名だとどうしてもセーブしちゃう。そのセーブを取っ払うとダメージもでかいし、衝突もすごいあるけど、僕はがそのダメージに若干慣れてきたのもあって何がこようがそれも意見として全部聞こう、みたいな姿勢になっています。

    今後の活動内容について教えてください

    池田 テレビの脚本だったり映画だったりアニメのDVDについてくる小説だったりがこの先結構いろいろあって、ゴールドシアターの公演もあります。
    「ゆうめい」では、来年の三鷹市のある企画に選出されましたので、それが大きな公演になる予定です。2018年はあともう一本、僕が脚本を書いてるのがあります。今年は新作が5本できましたが、来年もいろいろなジャンルを学びながら、ずっと作ってばっかりな感じになると思っています。  


  • 2018年10月10日

    受賞者インタビュー(1)  すこやかクラブ うえもとしほさん(演出家賞)

    うえもとしほ




    終わってからどうですか?

    うえもと 受けてというか参加できてよかったなぁと思ってます。受賞したときは「えっ」ってなったんですけど、みんなからおめでとうって言われて実感しました。うれしいなぁって思いました。

    「えっ」てなったのは意外だったということですか?

    うえもと 受賞はしないだろうと思ってたんです。講評を聞いて、審査員の方々にも好評だったパンチェッタさんが賞を総なめするかもと考えていたので、驚きでした。

    今回の演劇コンクールは2回目の参加でしたが、前回と今回ではすこやかクラブに何か変化はありました?

    うえもと (以前参加した)第2回のときは始めたばかりの頃で、右も左もわからずでした。続けていく中で、いつも出てくれる人が増えたり、作品の作り方もなんとなく掴めてきたので、そこは違うかな。それに前回はFC東京というテーマがあったので、ぜんぜん違う感覚で臨みました。

    作風自体は変わりましたか?

    うえもと 作風自体はたぶんそんなに変わっていないです。台本があって、その台本に沿って作るというよりは、出演者とアイディアを出しながら一緒に考えながらという作り方。ただ、現在は、どのくらいを自分で考えて、どのくらいを人に考えてもらって、という配分が昔よりわかってきたので、そういう意味では成長したのかなと思います。

    変革期はありましたか?

    うえもと 以前は、何度も出てくれる人はいても、すこやかクラブの「メンバー」というのはなかったんです。でも、2016年からメンバー制をとるようになって、自分に近い場所でサポートしてくれる人が増えました。また、たちかわ創造舎を拠点にするようになって、安定感じゃないですけど、稽古場がいつでもある安心感ができたのは大きいですね。

    シェアオフィスメンバーとして、創作の場があることは劇団の活動にも影響していますか?

    うえもと 毎年夏に、「真夏のたちかわ怪奇クラブ」というものを開催しているんですね。地元の人に、せっかくここを拠点にするなら、この場所ですこやかクラブに何かしてほしいと言われたのをきっかけに始めて、今3年目なんですけど、去年も来て、今年も楽しみにして来たという方がいてくださるのが楽しいです。また、何が起こるのか、当日までどうなっちゃうのかわからない要素がかなりあるから、いい意味でガチガチにならずに、おおらかに作れるところがいいなと思います。

    稽古場インタビューで人生の核となるものを探しているということでしたが、答えは出ましたか?

    うえもと 私の核になることはなんだろうと考え続けていて、そこから「遠くへいきたい」というタイトルが浮かんだんですけど、稽古をやっていくうちに人生って絶望的なものなんだと私が思っていることがわかって、それがなんか嫌だったですね。

    舞台をみて絶望的な感じは受け取りました。絶望的だけど、結局こうなるよなぁと。

    うえもと そうなんです。前から、そういう感覚はあるけど、楽しく生きていきたいという思いも同時にあって、両方で生きてると思ってたんです。でもこの作品を作った時に、自分の暗い部分ばかり見ちゃって、それがすごいストレスでしたね。すごく肌が荒れました。

    役者のみなさんはその絶望的な部分というのをどう受け止めて作品におこしていましたか?

    うえもと 役者の人たちは特にメンタルに影響は受けていなくて、そういうもんなんだと演じてました。強いですよね。役者のみんなは作品に引きずられてなかったです。この作品、去年5月の本公演のあと、6月に立川で1回だけ上演したんですけど、その日が「巨大化したい」役の男子の結婚式の前日だったもので私がその役をやったんです。それはつらかったですね。体力的にも精神的にもつらくて、なんでこんなことしなきゃいけないんだろうと思いました。

    体の動きと心情はどうリンクしていますか?動きでしか、言葉でしか表現できない部分というのはありますか?

    うえもと 自分の感覚で、ここは台詞でやる、ここは体でやるというのは、最初に役者に提示して、細かいところ、どんな内容、動きにするかは一緒に稽古しながら決めます。役者から、どうしてもこの体の動きから感情の展開がうまくつながらないと言われると、話し合って変更することもあります。

    その話し合いのときは、どんなすり合わせをしていますか?演出家であるうえもとさんと、役者の意見が一致しないようなときとか。

    うえもと 自分でも何が言いたかったのかわからなくなって迷う時や、実際その動きをやってみて、確かにしっくりこないと思った時は、どうすればいいか、全員で意見を出しながら作ります。他のパフォーマーが出したアイディアが通ったりもしますし、私が主導するというより、みんなで作っている、みんなで解決していくというのが、すこやかクラブの健全な制作スタイルかなと思います。とはいえ、私が迷宮に入りこむと、地獄になりますけどね。何が正解なのか誰もわからないみたいな感じになって、ずーんってなったりします。

    そうなってしまったときはどうするんですか?

    うえもと 3月に出た王子の演劇祭時、迷宮に入って地獄の稽古場になったことがありました。その時は、出演者が「俺たちが何とかしないとこれはもうだめだ」となって、みんなで考えて。恐ろしい、恐ろしかったですね。その経験があってみんな心に傷は負いましたけど、いい経験になったというか、いい思い出にはなりました。

    今回もともと1時間の作品を40分におさめたということでしたけど、その短縮をするにあたって、そぎ落とされてしまった部分であったり、これだけは絶対に落とせなかったという部分があれば教えてください。

    うえもと やっぱりこれは60分の作品だったなと思いながら作っていて、けっこう苦労しました。すごく大切だと思っていたシーンを削って、それはそれで作品としては成立したとは思います。でも審査員の方々の感想を聞いて、やっぱり私がそぎ落としたあのシーンがとても大切だったんだと、後ですごく感じました。作る前は、短縮バージョンにするのはそんなに難しくないだろうと思っていたけど、あの作品はあの長さだからよかったんだという発見もあって、とても勉強になりました。

    ちなみにそのシーンってどこですか?

    うえもと 子供の頃の思い出を言うというシーンです。「遠くへいきたい」という作品は、たどり着けないけれどそれを求めてしまう希望と絶望が主軸になっているんです。審査員の方々が「わからないけど、どこか遠くに連れて行かれたという感覚になりたかった」みたいなことをおっしゃっていたと思うんですけど、確かに、この40分の作品はちょっときれいにまとめすぎていたのかな。あのシーンがあったら、よくわからないけどわかる、みたいな感覚にいけたのかもしれません。だから、削るとしても、あのシーンに代わる何かを入れられたらよかったと思いました。

    「遠くへいきたい」の遠くは時間的な面、とくに過去への憧憬のようなものを感じたんですが、うえもとさんの言うところの遠くは?

    うえもと 私の「遠く」はやっぱり、子供の頃ですね。過去が一番大きいです。・・・死ぬの怖いじゃないですか?時間が過ぎていってみんないつか死んじゃうんだって。そんなこと考えずに生きていけたらいいんですけど、考えちゃうでも、いつ死んでも、みたいなことを考えておくのは人生の指針になりますね、それから、人生に何かよりどころがあるとしたら、、私は自分の感覚をよりどころにして生きたいです。長く生きて来た人の言葉はたしかに説得力があるけど、その人はその人の人生しか生きていないんだし、素直な心で受け入れつつ、自分の感覚をよりどころにして生きていくのが大事なのかなと思いますね。

    話がずいぶん広がりました。さて今後の活動予定は?

    うえもと 11月24日、25日に、八王子禅東院というお寺で、馬喰町バンドと一緒に公演をやります。今から馬喰町バンドのリーダーの武さんに曲を作ってもらっていて、それを聞いてから作品をどうするか決めます。このお寺はこれまでにもいろんな音楽イベントを開催していて、すごくいい場所です。

    今後の方向性はきまっていますか?

    うえもと すこやかクラブとしては「真夏のたちかわ怪奇クラブ」が大切なイベントになりつつあるので、これを発展というか、今後も続けていきたいと思います。もちろん作品を作り続けていきますが、すごくたくさんの人じゃなくても、まだすこやかクラブのことを知らない人たちに知ってもらって、すこやかクラブの作品を好きになってほしい。すこやかクラブというのは、自分が幸せに生きていくためのひとつのかたちではありますね。うん、幸せに生きていきたい。
      


  • 2018年09月09日

    第9回せんがわ劇場演劇コンクール 専門審査員講評(6) 「N2/エヌツー」

    ※掲載の文章は、第9回せんがわ劇場演劇コンクール表彰式の際、専門審査員から各劇団にむけて語られた講評を採録・再構成したものです。




    ■野上絹代

    役者が一人でただ観客の前に立つ、演劇というものの原点といえる作品だなと思いました。災害を題材に、一人の俳優の目線から個人的な話が語られていてとても繊細なお芝居なのですが、なんとなく役者と観客との間のコミュニケ―ションが成立していないような気がしました。つまり向こう側で一人でやられている感じがしました。とてもセンシティブな話を扱っているのに断絶を感じるだけなのはあまり良くない気がしました。個人的な話は扱う側も観る側も難しさがあって、フィクションよりも突破しなければいけない大きな壁があると思うのですがそれを越えられていない気がしました。ただ、劇的なことをせず客前で存在するということは勇気がいるし、それが出来るのはいい事だと思います。


    ■常田景子

    今が出発点なのかなという印象を受けました。前田さんという演者の存在のありようを興味深く観ていました。そういう出演者を見つけたというのは収穫だと思いますが、そこにちょっと寄りかかってようやく成立していた、という印象が否めませんでした。手法的にはものすごく新しいものとは言えないし、やはりもう一越え、一壁、一山、越えないといけないのかなという印象を受けました。


    ■土田英生

    無垢なのか、それとも意図的にやっているのか、もともと個人のつぶやきから構成されているので理解はされにくい作品ではある。ただ、途中からすごく面白くなりました。物語化されることをとにかく拒否しているんですね。個人的な日常が断絶される様を描いてはいるんですが、物語にされるのを嫌い、演劇として、ここの場で物語化されていくことすら拒否している。非常に難しいバランスで成り立っている。例えばちょっと情緒に走りそうになると、全部それをすかしてしまったり。震災の時間や自分の生活の時間を、どれだけ物語化せずにそのまま提出できるのか、という演劇をやっていたのだと感じ、私は興奮しました。公共劇場のコンクールなんかでやらないで、自分たちでやった方がいいとも思いました。ただ、もう一つ見せることに関しての仕掛があれば、さらに面白くなるかもしれません。これからも挑戦し続けて下さい。


    ■佐川大輔

    演劇の原初的な印象を受けました。俳優が存在しお客様の前に立って何かを語る、普通の芝居にはない緊張感があり、非常に独自性が高いと思いました。普通のお芝居とは違うものをやろうとする、その勇気はすごいと思います。観客の想像力を刺激するための演出、例えば劇場にありそうな譜面台や椅子を設置すると同時に、洗濯物を干したりプロジェクターで投影していく演出、最初は想像力を掻き立てられて観ていましたが、途中からこの想像力はどこへ向うのかと思った時に、もう少しわかりたいと思いました。これは演出家、芸術家の姿勢の問題だと思うのです。自分の書いた作品や、自分達が表現していることを、観客に伝えたり共有してもらいたいのか、そうでないのかによって進む道が違ってくると思います。演出家として、人に伝えるためにレンジを広げていくべきなのか、あえて、突き進み、それがどこかで突き抜けたときに多くの人に伝わるのか?そのどちらかしかないと思います。その圧倒的なレベルにいくには大変だと思います。どちらかを選択して挑戦していくのかなと思います。


    ■熊井玲

    私は戯曲を読んでから拝見したので、どのような世界観を持ちたいかを共有しながら入ったつもりでした。作品自体はオールオープンな作品というわけではなかったと思います。俳優さんは作品への入口になりえますが、逆に俳優さんを入り口と感じられなかった場合は、もしかするとずっと疎外感を持ったまま観ていた人もいるのではないかなと思いました。また小道具が色々出ていましたが、そこから情報を得ようと観てしまうと、その意味を求めてしますぎてしまって、作品に入りづらかったかも。意味にとらわれず、あるいはそれを乗り越えるもう一つ芯が何かあれば、もっと違う所で私たちが取っ掛かりを見つけられたかもしれないと思います。6作品の中で一番異色だったかもしれないという印象で、面白かったです。


    N₂ 『桜紙』の公演詳細ページはここをクリック!
    第9回せんがわ劇場演劇コンクール全体ページはここをクリック!







      


  • 2018年09月09日

    第9回せんがわ劇場演劇コンクール 専門審査員講評(5) 「パンチェッタ」

    ※掲載の文章は、第9回せんがわ劇場演劇コンクール表彰式の際、専門審査員から各劇団にむけて語られた講評を採録・再構成したものです。





    ■野上絹代

    達者な俳優と作、演出、高い作曲能力をくだらない主題に使う、とても好感を持ちました。観劇中に何も気にならずただ観ることが出来たように思います。強いて言えば既視感を覚える演出が時に達者過ぎて鼻につくという感じです。見終わった時にやや尻すぼまりの印象がありました。


    ■常田景子

    全体的に良かったし面白かったです。最初のパセリの恩返しのところはとても面白くて、後半がそれに匹敵しないところがちょっと残念でした。今後もますます挑戦して下さい。


    ■土田英生

    最後まで全く飽きない。後半も1つのシーンとして完成されているし、ものすごく面白いと思います。ただ構成のバランスは悪いと思います。真ん中にある面接とかトンカツ屋のシーンは現実に近いトーンなのに、オープニングとラストが劇的過ぎる昔話。逆でサンドイッチした方がいい。現実世界で劇的世界を挟んだ方が腑に落ちると思います。また、転換の照明を工夫した方がいい。暗転せずに最後まで展開していってもいいと思います。むかつくくらい手練れでセンスはあるし、構成をもう少し整えたら完璧なエンターテイメントになるような気がします。


    ■佐川大輔

    手練れ感が鼻に着くとおっしゃっていましたが、僕はそこまでは思いませんでした。お客様も笑っていたし、面白かったし良かったと思います。でもそこまで達者なら、さらにもう一工夫ができたのではないかと、物足りなさを感じました。各シーンの基本的な考え方が「パロディ」なのだと思いますが、一番見せたいテーマはその手法でないと観せられないのかということです。面白かったですが、演出家のスケールをもう一歩先にのばして、もっと頭をひねってみてもよかったのではないかと思います。ほめて下さった方たちがほとんど同じことだったので、あえて辛口に言いましたが。構成がいま一つという事と、最後のシーンに向けてどうのように作っていくのか、一つ一つのシーンにどのような意味があるのかに配慮していけたら、もっと面白かったのではないかと思います。


    ■熊井玲

    ミュージカル的なものもコント的なこともあって3人のレベルがすごく揃っていて上手でした。作品もそれぞれ面白かったのですが、個人的な好みなのかもしれませんが、全部に落ちがちゃんとあるのが残念で、あれだけバリエーションがあるのなら、もっと不条理なものとか、例えばオムライスの話では、言われなくてもだいたい読めるので、あえて結末を言わずに終わらせてしまっても良かったのかなと思いました。そのような冒険があっても良いとも思います。でも本当に面白かったです。


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  • 2018年09月09日

    第9回せんがわ劇場演劇コンクール 専門審査員講評(4) 「すこやかクラブ」

    ※掲載の文章は、第9回せんがわ劇場演劇コンクール表彰式の際、専門審査員から各劇団にむけて語られた講評を採録・再構成したものです。




    ■野上絹代

    音楽や身体を駆使していて集中して観せることが出来たと思います。ただ、イメージの連鎖で創り上げていると思うのですが、それが何をしめしていて、どういうことなのかを頭で理解させようとするのではなく、腑に落ちるとさらに楽しく観られると思います。というのは、思わせぶりな、しかし理解できないことが続いてしまうと、「一体今は何を観せられているのだろう」と、こちらの意識が遠くに行ってしまうところがありました。残念だったところは、音楽のイメージを越えてくる身体がなかったところです。台詞と身体のズレから見せるディスコミュニケーションみたいのはわかりやす過ぎる気がしました。身体を使うことの面白さは、わかることを放棄してしまうほどの熱量とか、すごみとか、意味を超えたところにもあると思うのですがなんとなく歌詞や音楽のイメージに乗っかってしまっていたように思います。


    ■常田景子

    顔の表情筋も筋肉なのだなと感動しました。身体を動かすことを演劇的に見せていくにはもうひと工夫必要なのではないかと思いました。音楽の切れ目でシーンを区切っていたように思うのですが、各シーンの繋がりが曖昧な気がして、それが少し残念な気がしました。フィジカルなものを演劇でやってくのはいいと思うので、その点はとても楽しかったです。


    ■土田英生

    最初のダンスの時はどうなっちゃうのかなと思って観ていたのですが、どんどん引き込まれました。妊婦と男の会話のシーンが秀逸。描いていることは普通の会話なのですが、そこにスポーツの動きを絡めたりするのが素晴らしかった。抽象的で不条理なんですが、実際の感覚に嘘をついていないというか、手触りを持って作られていたのでものすごく腑に落ちるのですね。ただ、他のシーンには少し物足りなさを感じました。もう一工夫しなくては長く感じてしまうし、変化が欲しいと感じる場所が何カ所かありました。もっと想像力を飛ばして欲しい。その意味で最後のダンスは良かったです。


    ■佐川大輔

    とても笑わせてもらいました。俳優さんの笑顔がとても素敵でした。エンタメ性があり、ダンス、お芝居、ギャグも交えながら、照明も効果的に遊び劇的に観せている、でも伝えたいことのテーマ設定がすごくシリアスで、それをギャグの世界でやろうとしているのは、高さというか、難しいことをやろうとしているのだなと思いますが、それはある程度成功しているでしょう。ピンポン、野球、ゴルフとか、一般的に誰が観ても分かる記号性をうまく使っていて、その記号性の裏で全然違う相反することを行う事によって、この人達は馬鹿なんじゃないかなと思わせるというのは、なかなか面白いと思います。「遠くへ行きたい」というタイトルですが、希望をもってもがきながら生きている人間を戯画的に描いている。演技のスタイルに関してはわかりやす過ぎる部分もありましたが、この作品に関しては、希望とかストレートなテーマだったので、比較的相性が良かったと思います。あと、シーンの繋がりの部分の積みたて方が惜しいなと思いました。そこの構築力を工夫すれば、最後シーンの希望と絶望のループへの繋がりがより良かったと思います。また最後の希望と絶望のループでは、身体の感じが、それまでの笑えるようなポップな感じではなく、もっと違う追い込まれ方になっていたら、作品のレベルが一つ違ってくるのではいかと思いました。

    ■熊井玲

    身体と言葉のバランスが面白かったと思いました。一番おもしろかったのが妊婦さんのシーンでした。身体と言葉がぶつかり合って違う世界に連れて行ってくれたと思います。ただせっかく俳優さんが4人いて、それぞれストーリーをもっているので、それぞれに違うアプローチでぶつかり合うともっと良かったし、観たかったです。妊婦さんのシーンは音の使い方や、場所の使い方も良かったと思います。今後がとても楽しみです。


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    写真撮影:青二才晃(せんがわ劇場市民サポーター)
      


  • 2018年09月09日

    第9回せんがわ劇場演劇コンクール 専門審査員講評(3) 「ゆうめい」

    ※掲載の文章は、第9回せんがわ劇場演劇コンクール表彰式の際、専門審査員から各劇団にむけて語られた講評を採録・再構成したものです。




    ■野上絹代

    劇世界に行くまでの空気作りがとても上手で観客の心をとてもよく掴んでいたと思います。ただ劇世界に入ってからの作り込みが甘く、出来ればそこで別次元に連れて行って欲しかったです。空襲警報が鳴るシーンが一つの扉だと思ったのですが、そこからグッと入っていくことはなかったです。俳優陣が一生懸命でとても好感を持ちました。ただ、しゃべり言葉で勢いのまま行き続けてしまうと、劇作としては荒い印象を受けるので、もう少し丁寧に言葉を構築する部分があっても良いのかなと思いました。


    ■常田景子

    演技なのか素なのかよくわからない演技が好きでした。一番よかったのは、最後の方のシーンで、絵を描いたり、ものを作ったりする時の人の衝動とか、作っている時の楽しさが伝わってきて、とても元気がでました。まだまだ粗削りで、これからどこを目指していくのか興味があります。今のままだと少し荒っぽい感じがするので、今後を期待しています。


    ■土田英生

    本当のお父さんと息子が出演し、実在したおじいさんを探る手法がすごく興味深かった。けれど、それが徹底できていない気がしました。友達も出てきて同じように語ってしまうのでは、実際のお父さんが出ている意義を欠けさせてしまい、ただ面白くするためにだけお父さんを出演させたことになってしまう可能性があります。あと、ドラマとしてもやや軸がぶれている気がします。おじいさんがどうして“狂女”を描いたのかを探るところから始まるんですが、それが皆で走ったりしているうちに変わって行ってしまう。どういう演劇を作るのかを掴み、そのことに特化した方がもっと面白くなるんじゃないでしょうか?


    ■佐川大輔

    前説のお父さんのアナウンスから、お父さんの舞台登場は面白かったです。最初の掴みがとても上手だなと思いました。その後に1人ずつ出てきてお客様に自分の作品の解説を長々と始めたのも素敵で、4人の俳優さんに好感を持てました。6作品の中で一番お客様と一緒の「ライブ」をつくることに、秀でていたと思います。実のお父さんが出演するリアルな存在感が、圧倒的な説得力でこの親子三代の話の作品を支えていると思います。ラストの照明の点滅でだけで死んだおじいちゃんを想像させる演出が良かったです。また雑に思われる原因は、前半が面白すぎたのではないかと思います。というのも、お客様と一緒に芝居を作りすぎたために、後半の練習をしてきた部分になると、今まで観客に語りかけていたのが急に「舞台上だけの会話劇」になってしまった気がします。後半の求心力が弱くなってしまったのが残念です。構成として、そこが雑と思われてしまう原因だと思います。一人ずつ走るのを辞めていくシーンでは、観客にも想像がついてしまうので、そこをどのように見せていくのかが演出として、大事なポイントだと思います。そこに工夫が少しあると後半が面白くなったのではないかと思います。


    ■熊井玲

    私小説的なところが入っていて、そこで完結するのではなく最終的にクリエーションの話になっていて、その飛躍度はこれまでの作品よりすごくあったのではないかと思います。あと演劇でしかできない時間の流れや、空間をどう使うか、をすごく考えていて、最大限演劇的に見せるにはどうするのか、かなり作り込んできたところはすごくいいと思いました。面白かったです。


    ゆうめい 『家を走る』の公演詳細ページはここをクリック!
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    写真撮影:青二才晃(せんがわ劇場市民サポーター)
      


  • 2018年09月09日

    第9回せんがわ劇場演劇コンクール 専門審査員講評(2) 「ブルーエゴナク」

    ※掲載の文章は、第9回せんがわ劇場演劇コンクール表彰式の際、専門審査員から各劇団にむけて語られた講評を採録・再構成したものです。




    ■野上絹代

    女子達がはしゃぐ姿はとても良かったです。が、結局どのような話しなのかがよくわからなかったです。難解な戯曲だなと思って後から戯曲を読んだのですが、演出の問題なのかなと思いました。その場がどこで、その声が誰なのか? が整理できるとすっきりするのですが、複雑なまま演じられてしまい、そこが与えなくてよいストレスになっていたと思います。演出の役割は戯曲の世界を広げたり翻訳したりもすると思うですが、それをもう少ししてあげると戯曲が活きてくるのではないかと思いました。


    ■常田景子

    所々にはっとするような美しい台詞があったのは良かったと思います。わからないものを、わからなくても面白いと思わせるためにはもう少し工夫が必要だと思います。わからなくても面白かったね、というのは面白さが勝っていますが、面白かったけれどよくわからなかったね、ですとわからなさが勝っている。今はちょっとその状況です。その辺が少し残念でした。また頑張って下さい。


    ■土田英生

    観ていて面白かったのですが、戯曲は腑に落ちないところがありました。ヒキガエルの存在がうまく生きてないような気がします。仏の座が「結婚したい」とヒキガエルの家に来るあたりから混乱してしまいます。一人一人魅力はあるのですが、演技の質を揃えると良いのではないでしょうか?個性を揃えるという意味ではなく、今回のこの芝居を観せるためにどういう方針で演技させるかを、もう少し工夫していければ良かったのではないでしょうか?


    ■佐川大輔

    とても巨大な世界観を身近に描いているなと思いました。生と死という話を、青春を描くところから導いていくのにトライしていて素敵だなと思いました。実際に描こうとするテーマは大きいですが、台本はきちんとした4人の会話劇になっていて、巨大な世界観を掲げて描こうとしているところがすごいと思いました。演出的にも、短い場面を次々と繋げていくところにドライブ感も感じました。またドライブ感を出すために、ボーカル入りの音楽を用いて、全体を通して青春のもつ突き抜けた爽快感やみずみずしさがあり、ストレートな青春ものとして感じました。内容がわかりにくいというのも事実ですが、訳も分からず感動させてしまうところもあると思いました。同時に、台本を読んで感じたことと実際に舞台をみた時にギャップを感じました。それは演出手法のせいかと思います。情報量の多い台詞を、早口で勢いよく言うことによって、観ている側もシーンの状況が理解できないまま進んでいってしまっているように感じました。書かれている台本は普遍的なテーマのものなので、もっと間口を広げてお客様伝わるようにしていけば良かったのではないかと思いました。公共劇場で仕事をする時に、なんらかの社会性をどのように担保していくのかを演劇人は考えていく必要があるのではないかと思っています。


    ■熊井玲

    先に戯曲を読んで面白い世界観だと思いました。少し時間と空間がごちゃごちゃした部分があったのかなと思います。戯曲で思っていた時間の流れが劇場で体感として感じられなかったのが残念でした。マイムの情報量が多かったのではないかと思います。それらをもっとそぎ落とせば台詞がたってくるのではないかと思います。いい台詞がばちっとハマらないまま、流れていってしまったのがもったいなかったと思います。台詞が立つような、ばちっとはまるような置き方の演出が必要だと思いました。


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    写真撮影:青二才晃(せんがわ劇場市民サポーター)

      


  • 2018年09月09日

    第9回せんがわ劇場演劇コンクール 専門審査員講評(1) 「コトリ会議」

    ※掲載の文章は、第9回せんがわ劇場演劇コンクール表彰式の際、専門審査員から各劇団にむけて語られた講評を採録・再構成したものです。




    ■野上絹代

    コトリ会議さんは思わずクスッとしてしまう台詞のやり取りがとても魅力的でした。ただ、編集で短くした感じが否めないというか、所々腑に落ちない部分がありました。例えば母の存在。地球が終わるときにロマンチックでない感傷的ではないアプローチも観てみたかったです。


    ■常田景子

    台詞がとても良かったです。長さについては、凝縮されていれば短くてもいいとは思いましたが、ちょっとものたりない感じがしました。個人的な意見ですが「チラ美のスカート」というタイトルなので、衣装のスカートそのものがもうちょっと素敵だったらよかったと思います。


    ■土田英生

    台詞が相当面白かったです。設定の飛ばし方やリアリティーの作り方がとても優れていた。ただ、時間の感じさせ方に問題がある。実際の長さではなく、了解感を持たせることが必要だと思う。あと、オープニングシーンが長すぎる。告白があって、タイムスリップして……そこまではあのカップルの話しかない。途中になんかあれば全然違ったと思うんですけど、最後に戻ってきて3周目だというとき時、やっと戻ってきたというのが全く感じられない。時間を軸にしているだけにそこがもったいないと思いました。


    ■佐川大輔

    演劇として巧みな作品だと思いました。脚本として読んだ時に、読みものとしてとても面白いです。地球滅亡という状況ですが、俳優さんたちの演技は抑制が効いていて、品もあり、説得力を感じました。また世界観がおもしろいです。例えばタイムマシンが小さな箱だったり、かもめが飛ぶシーン、などシリアスな状況でありながらも演出がどこかまぬけな感じで、照明を押さえた舞台に波の音が流れる暗い演出と、そうじゃない物を同居させているところにも演出としての美学やセンスを感じます。世界観としては、この作品は完成度が高いと思います。また死ぬシーンで、でんぐり返しをするところは演劇的なことをよくわかって作っていると思いました。残念だったところは、30~40分の制限時間が22分であったというのは、やはり物足りないです。時間制限も審査対象になりますので、それもクリアしていく事も今後のコンクール活動では必要だと思います。


    ■熊井玲

    台詞が素晴らしかったです。あれだけシリアスな空気のなかでお客様の笑い声が聞こえるというのはやはり台詞がいいから、台詞が届いているからだと思います。私の好きな作品の傾向というのもあるかもしれませんが、世紀末感、地球滅亡の大きな事と目の前の二人の未来をどうするかという、この2つがすごく昇華できている素敵な作品だと思いました。もう少し長く先が観たかったというもの足りなさはありますが、すごくよかったなと思います。


    コトリ会議 『チラ美のスカート』 の公演詳細ページはここをクリック!
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    写真撮影:青二才晃(せんがわ劇場市民サポーター)