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2019年09月18日

受賞者インタビュー(1)  キュイ 綾門優季さん(劇作家賞)

・まずは受賞されての率直な感想をお聞かせください。
今回のこの受賞インタビューを、たまたま僕のスケジュールの都合でコンクールの受賞発表から10日後※に受けているんですが、この10日間のうちに未曽有の出来事が起きまして、これを避けては今回の作品についてはもう、喋ることが出来ないだろうというのが率直な気持ちです。(※綾門さんには後日インタビューにご協力頂きました。)

その事件というのは、ご存知の方も多いと思いますが、京アニで起きた放火事件です。
まだ事件から一週間も経っていないくらいなので、連日の報道で死者も増えていきますし、まだ全然気持ちの整理がついていない状況です。深い悲しみの中にいます。
Twitterでもちらほら見かけたんですが、今回の『蹂躙を蹂躙』を観た方の中で、事件のニュースを観た瞬間に、作品のことを思い出した、という方がいらっしゃいました。実際、あまりにも連想しやすい作品だったと思っています。

他でもない作者の僕が、事件のことを知った瞬間に『蹂躙を蹂躙』のことを強く想起し、悲しみに暮れたくらいなので、それはたぶん、今回の座組のみなさんにも、劇場で作品を観た方にも、少なからず起きた現象なのではないかと推測しています。

今回、劇作家賞に選んでくださった審査員の方々にはすごく感謝の気持ちはありますし、劇場に足を運んで作品を観ていただいた、観客の方々にも感謝の気持ちはあるんですけど、気持ちは今、物凄く沈んでいます。

コンクール当日にこのインタビューを収録していたら、もしかしたら「やったー!」って言っていたかもしれないんですが、今ではどうにも無理な気持ちになってしまいました。喜びの気持ちが全くなくて、毎日、事件のことばかりを考えて、心の痛みが酷いです。

受賞インタビューなのに申し訳ないんですけど、それが今の率直な気持ちです。


・ありがとうございます。キュイという演劇プロデュースユニット、そして劇作家としての綾門さんの創作のテーマやコンセプトについて、あらためて教えてください。
キュイとしての活動としては9年目に差し掛かります。これまでにすべての作品でテロを扱ってきたわけではもちろんないんですが、それでも数作品、片手で余る数を上演してきたわけで、割と頻繁にテロをテーマに扱ってきていると言っていいと思います。

もちろん、直接的にテロを扱った作品を観ていて楽しいわけがないし、観客の方から「せっかく劇場に来たのになんで楽しい作品じゃないんだ!」的な文句をいただくことは実際、以前もあったんですよね。

特に今回、普段の公演に比べてキュイの作品を初めて観た方が多かったと思いますし、しかもコンクールのトップバッターだったので「……え?」という空気が流れました。出演者の方たちも、舞台上で少なからず感じたと言っていました。

あとはキュイっていう名前だけ知っていたり、綾門の名前だけは知っていたというような人たちが、実際に初めてキュイの作品を観てびっくりしちゃった、ということもよく起きます。思ってたのと違う、ってやつですね。こういうものだとは事前に想定しないから。

それについて一貫した主張として思うのは、今、日本の社会がいい方向に向かっているとはあまり捉えていないんですね。なんだったらだんだん邪悪な方向に向かっているんじゃないかという気がします。特に僕が大人になってからは、強くそう感じているんです。それで楽しい作品を書くほうが僕には難しいし、無理に楽しくしても、どうにも嘘っぽく感じてしまうところがあるんです。

僕は27歳なので、選挙権を持ってから7年が経ちましたが、僕の支持する候補者はずっと落選し続けている。貧しい若者や、今ある文化を守ろうという公約を掲げている方が、何故か毎回のように落選する。本当に不思議です。まっとうな意見に、民衆のほうが耳を貸さなくなってきているのではないか。今回の作品について、盛んに「閉じている」という講評がなされましたが、それは時代の反映ですよ。知っているひとの知っている意見だけで、多くのひとは、閉じている気がして。

テロにしても、令和に入ってこの僅か3カ月の間に、いくらなんでも頻繁に起き過ぎています。登戸の事件もそうだし、年に1回起こるだけで、その事実を知っただけで精神がめちゃくちゃになるような事件が、この短期間に立て続けに起きて、全体的に心が疲弊してしまっている、という絶対的な感覚があって。

こんな社会状況なのに「令和の最初はこういう感じだったけど、この後数十年は特に何もありませんでした~、めでたしめでたし、ちゃんちゃん」というような未来には、まずならないと思っているんです。そんなに楽観的にはなれない。

平成の終わりだけで考えても、座間の事件があり、相模原の事件がありました。

その時にどうしても疑問に思うのは、メディアやSNSで盛大に犯人を叩いても仕方がないということで。特に犯人がすでに死んでしまっているケースで犯人を罵倒しようが、犯人の家族歴や隣人との関係を詳細に報道しようが、あんまり意味がなくて。

問題なのは、そういうことを起こすひとを、今の社会が恒常的に生み出してしまっているという紛れもない事実だと思いますし、その原因がどこにあるのかを緻密に議論しなければならないんですが、「一人で死ね」の是非とか、どうにも問題を矮小化して伝えてしまっています。そこがいちばん重要なわけじゃない。犯人をモンスターと平気で呼ぶようなコメンテーターがいてギョッとしました。宇宙人がいきなり攻めてきたんじゃないんです。私たちと同じ人間で、そこには必ず思考がある。相模原の犯人のドキュメンタリー番組をみればわかることです。それを簡単に排除して、怖いよねえ、で済ませようとしているひとたちのほうが、僕には何倍も怖いです。何も済んでない。押し入れにあらゆるものを放り込んで、「部屋を片付けた」と言い張ってる感じ。全く片付いてないのに。

そこに問いを容赦なく突きつけるのが、使命のひとつだと思っているんです。これがたとえあなたたちの知らない演劇だとしても、そんなことは関係なく、そうなんです。何で演劇だったら、人を楽しませないといけないんですかね。映画でも、笑いのないもの、楽しくないもの、怖いものは溢れているのに。SNSでもチラシでも、正直にどういう物語を上演するか、伝えてきたはずです。やかましいぐらいに。しんどい内容ですよ、って。それでも文句を言うひとはいる。僕はあらゆるところで説明責任を果たすしかないので、それで伝わらなければ、もうどうしようもないです。

乱暴に言うと、観客は大きくふたつのタイプに分かれます。
現実が辛いから、せめて劇場だけでも楽しい作品に触れたいという方。
そしてもうひとつは、現実がたとえ辛くても悲しくても、なぜそのようなことが起きるのか、その原因を理解したり考えたりしたい、そのきっかけとして作品を享受したい方。
もちろんこのふたつはグラデーションで、混ざり合っているのですが。

仮にそうだとして、決して前者のお客さんを否定するわけではないんです。僕も京アニの事件が起きた時には複数の仕事を進めていたけれど、どうしてもショックで一旦手が止まってしまい、体調を一時的に著しく崩してしまいました。

好きなミュージシャンの曲を聴くとか好きな本を開くとかして、気持ちを落ち着けないと、どうしようもない状態になりました。いつでも元気をくれる、楽しいものは、確かにあった方がいい。そのひとにとって、心の支えになるものがあった方がいいということは重々承知の上で、それでも、やっぱり、辛い現実を常に問うていく作品があっても、それはそれでいいんじゃないかと思うんですよ。

きっと少数派であり続けるでしょうが、今後もそれについて考えていくことになると思うんです。強制的に。僕にとって社会について考えることと、テロについて考えることというのは、今、ほとんどイコールなんです。

受賞した時のスピーチでも言ったんですが、僕が今どうしてもテロから目を離せないということが、演劇と直接関係あるかどうか分からないが、ただもうこのようにするしかないんだと。それについて書かざるを得ないんだと、言いました。

演劇的にどうあるべきかとか、流行りの演劇はどうであるかとは最早関係がなく、僕が今これを問う必要があるのではないかと信じることを、徹底的に追及して、表現として捻り出すしかないんじゃないかと思っていますし、それは今後の方針として、恐らく変わることはありません。


【キュイ プロフィール】
専属の俳優を持たない、プロデュース・ユニットとして活動中。戯曲は「震災、テロ、無差別殺人など、突発的な天災・人災を主なモチーフとすること」が特徴。『止まらない子供たちが轢かれてゆく』『不眠普及』でせんだい短編戯曲賞大賞を受賞。


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