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Posted by たまりば運営事務局 at

2016年02月10日

せんがわシアター121vol.7「黄昏の光芒~ドン・キホーテへのオマージュ~」出演者インタビュー(4) 法月輝美さん

せんがわシアター121vol.7「黄昏の光芒~ドン・キホーテへのオマージュ~」の出演者の皆さんを、せんがわ劇場HPの中でご紹介するシリーズ、第4回目の今回は、吉村久美役の法月輝美さんにお話しをうかがいます!


法月輝美さん
―お稽古は、いかがですか?

私はもう、かなり“いっぱいいっぱい”です(笑)。皆さんに引き出していただいて、少しずつですが、魅力的な役になる様に毎日お稽古に励んでいます。

― 吉村久美とは、どんな役ですか?

私の役は、勝太郎(伊東達広さん)先生の教え子で、今はレモン農家の社長をしている吉村健一(三谷六九さん)の妻役です。このお芝居のテーマが夢であるならば、私の役はもっとも現実的で、他の皆さんの夢幻(ゆめまぼろし)を夢現(ゆめうつつ)に変える力を持った人物であると思います。

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  • Posted by せんがわ劇場 at 12:28Comments(0)せんがわシアター121

    2016年02月08日

    せんがわシアター121vol.7「黄昏の光芒~ドン・キホーテへのオマージュ~」出演者インタビュー(3) 三谷六九さん

    せんがわシアター121vol.7「黄昏の光芒~ドン・キホーテへのオマージュ~」の出演者の皆さんを、せんがわ劇場HPの中でご紹介するシリーズ、第3回目の今回は、吉村健一役の三谷六九さんにお話しをうかがいます!


    三谷六九さん
    ―吉村健一は、元高校教師だった木波多勝太郎の教え子で、恩師を気遣い毎日のように勝太郎の家を訪れては、勝太郎の夢想に付き合っているレモン農家の社長、という役どころです。
    ご自分と役との類似点はどんなところですか?


    役の吉村健一は、自分が受けた恩を感じて、恩師が幸せになるために一生懸命頑張って、虚構とはいいながらもお芝居をし続ける、恩師の勝太郎先生に寄り添ってやっています。
    このお芝居のテーマに、真実を正面から見ろみたいなところがあるんですけど、僕はね、その人の余命がそんなに長くないんだったら、ずーっと死ぬまで周りが演じ続けてやってもいいんじゃないかな、とも思います。真実をつきつけて、それと向き合って生きていくように仕向けるのではなくて、死ぬまで幸せだったな、と思ってもらえるような虚構の世界でもみせてあげたほうがいいかな、と思っています。
    でも、吉村は、あんまり詳しく話すとネタバレになちゃうけど、勝太郎先生が真実に目覚めていくのを見て、何かを感じるんですね。あとは観てからのおたのしみという事で。このお芝居は、観る人によって色んな意見があるんだと思います。答えはひとつじゃないんですね。
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  • Posted by せんがわ劇場 at 19:09Comments(0)せんがわシアター121

    2016年02月07日

    せんがわシアター121vol.7「黄昏の光芒~ドン・キホーテへのオマージュ~」出演者インタビュー(2) 伊藤大貴さん

    せんがわシアター121vol.7「黄昏の光芒~ドン・キホーテへのオマージュ~」の出演者の皆さんにインタビューしながらご紹介するシリーズの第2回目は、伊藤大貴さんです。

    伊藤大貴さん

    ― 第2回目の今回は、田中孝宏役の伊藤大貴さんにお話しをうかがいます。
    田中孝宏は、どんな役ですか?

    郵便配達員です。この芝居では葉書がキーアイテムなんですが、この葉書を木波多家に毎回届けにやってくるという役どころです。ちょっと変わったキャラクターなので、今、お稽古で役作り真っ最中です。

    ― 稽古はいかがですか?

    勉強することがいっぱいで。ベテランの先輩方から学ぶこともたくさんあります。また、僕と同世代の若い人達の芝居を見ていて、なるほどな、と思う事もありますし。もう毎日が発見の嵐です。
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  • Posted by せんがわ劇場 at 18:11Comments(0)せんがわシアター121

    2016年02月03日

    せんがわシアター121vol.7「黄昏の光芒~ドン・キホーテへのオマージュ~」出演者インタビュー(1) 新井純さん

    これから、せんがわシアター121vol.7「黄昏の光芒~ドン・キホーテへのオマージュ~」の出演者の皆さんを、せんがわ劇場HPの中でご紹介していこうと思います。まず第1回目は、浅野京子役の新井純さんにお話しをうかがいます!


    新井純さん―浅野京子という役は謎の女性で、本来は他人でありながら、木波多勝太郎の夢の世界につきあって、もういないはずの妻(幸枝)や娘(枝美子)となって一緒に暮らしているという役どころです。
    浅野京子とご自身とで違う部分、また同じ部分はどんなところですか?


    様々な役をやりますが、いつも必ず自分とだぶる部分がありますね。人間って、幅広いものを潜在的に持っていて、何かが起こると、その都度違う面が出て来る。だから私は、役をつくる時には規制しないようにして、この考え方はすごく似てるなぁ、とか、こんな面があるのかなぁとか、探りを入れていくっていうやり方をしているんです。

    今回は、いろんなことに流されてしまうような、意思を持たない女性の役ですが、私もずっと以前は、いい子にしていようとして、自分をあまり主張しなかったんです。昔は「人の嫌がることはよしなさい」とか「人に迷惑をかけるんじゃありません」「そんな恥ずかしいことするんじゃありません」とか、そういう風に育てられたじゃない?だから、そういうものだなと思って生きていたんだけど、どうも私の本性は、物事をすごくはっきりさせることが好きみたい(笑)。
    それとやはり、演劇をやるときには、自分の意思、判断力、決断力というのはとても重要だし、曖昧なだけじゃ芝居はできないので、自分をしっかり持とうとしてやっています。
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  • Posted by せんがわ劇場 at 11:12Comments(0)せんがわシアター121

    2015年02月26日

    せんがわシアター121 Vol.4 『紙屋悦子の青春』再演を鑑賞して

    12/4~12/7日に行われた、せんがわシアター121 Vol.4 「紙屋悦子の青春」の様子をライターであり、市民サポーターでもある
    才目さんによるレポートでお届けします。

    -------

    好評の初演から1年。
    あの『紙屋悦子の青春』がパワーアップして還ってきました(作:松田正隆、演出:越光照文)。

    本再演では海軍士官の明石・永与役が交替して劇に新風を吹き込むかたわら、
    骨格を支える悦子と紙屋家・兄夫婦の芝居はさらに厚みと実在感を増し、
    戦後を生き抜いた老悦子も能でいう「シテ」の役割を引き受けられるまでに成長しました。





    「再演」の難しさは、言うまでもなく、「初演をいかに超えるか」です。

    本作において初演を超えるためになされた努力の多くは、役者・スタッフの全員がいかに劇のテーマに「切実になれるか」でした。

    堅固な劇構造をもつ本作で、リアリティをさらに追求すると同時に、
    演出家は「切実さ」という意味でのアクチュアリティをより深化させる演出の数々を施します。

    「リアリティにこだわりすぎるとアクチュアリティ(切実さ)が薄くなる。
    アクチュアリティばかりでは、一人よがりとなり、劇のリアリティが後退する」(越光氏)。

    リアリティとアクチュアリティ。その高い次元でのバランスにより、
    紙屋家茶の間での何気ないやり取り、日常のセリフからも、時代を問う「力」が生み出されていきます。

    劇中、説明的なセリフの量は少なく、それがゆえに観客が受け取る情報、語られない思いとしての「表出」はきわめて膨大です。

    ラストのシーン。
    老悦子と青春時代の悦子がともに「ザザー、ザザー」という波の音に耳を澄まし、散り始めた桜の大木がシルエットで臨在します。

    この美しいオープンエンディングで観客は舞台から溢れ出てくる「表出」の何たるかを知ります。

    「だから、私たちは再び戦争の過ちを繰り返してはいけないのだ…」。

    このメッセージが心に確かな像を結んだ時、
    観客は戦争で失われた無数の青春に涙し、劇場は誓いの拍手に包まれるのです。

    ●●




    わが国の近代リアリズム演劇は小山内薫に始まり、100年の歴史を重ねてきました。

    桐朋学園芸術短期大学学長であり、演出家として教育指導に当たる越光氏は、
    「現代演劇は近代リアリズム演劇100年の歴史を捉え返し、次代に継承していくべき責務をもっています」と、日頃から強い使命感を示します。

    本作は、「近代」を捉え返す視座だけでなく、『清経』など世阿弥の能に見られる中世以来の舞台形式のパワーを秘め、それらを確実に継承しています。

    その意味で、本作は現代劇のひとつの到達点を示す舞台成果であるといっても過言ではないでしょう。

    ●●●




    戦後70年を経た今、私たちは「平和」を考えるとき、つねにこの舞台に思いを馳せることでしょう。

    こうした素晴らしい舞台を「共有」できることこそ、何ものにも代えがたい文化であり、芸術のもつ意義なのです。

    もちろん、こうした高い質の演劇を創り上げることは容易ではありません。

    取り組まれた皆さんの労をねぎらうととともに、身近な公共劇場でこのように素晴らしい作品が創造され、楽しめることを喜びたいと思います。


    (取材・文/ライター 才目)
      


  • Posted by せんがわ劇場 at 21:40Comments(0)せんがわシアター121市民サポーター